復活節第6主日C                           22-5-22

     使徒言行録151-222-29 黙示録2110-1422-23 ヨハネ1423-29

 ユダヤから下って来た人々は兄弟たちに語り、教えていた。「わたしたちの信仰生活は、わたしたちの神様は、イスラエルの神様なのですか。イスラエルの伝統を大切にしていない。律法に厳しくない。わたしたちは異邦人に門戸を開いています。異邦人が洗礼を受けるのであれば、モーセの慣習に従って、割礼を受けなければいけない。パウロとバルナバとの間に激しい意見の対立と論争が生じた。

わたしたちの信仰は何であるか。神様はわたしたちに何を求めているか。神様はこのイスラエルを支える神様なのか。それとも全世界に向かってみ心を示す神様なのか。

パウロとバルナバは言うのです。わたしたちの神様がイスラエルという土地の神、イスラエルの人々のための神様ならば、それは異邦人の信仰する偶像の神と同じではないか。わたしたちの神様はすべての国の神様、すべての人の神様である。イスラエルだけを守る神様ではない。動物、植物すべてのものに命を与える神様。人々に命を与える神様である。

異邦人も神様から命を注がれたわたしたちの兄弟である。異邦人に神様を語り、神様を伝えるのである。

使徒と長老たちはこの問題について、協議をするために、エルサレムに集まった。そして、決定したことをアンティオキアの教会に告げ知らせます。わたしたちの神は偶像の神ではない。自分たちの平安、自分の平安を求めるための神ではない。すべての人の命を大切にする神様。わたしたちは神様のみ心のうちに歩むのです。

 

イエスは弟子たちに言われた。「わたしを愛する人はわたしの言葉を守る。わたしの父はわたしの言葉を守る人を愛される。」愛はつながりです。愛はいのちのつながりです。わたしはその人を愛す、わたしの父もその人を愛す。わたしと父はその人のところへ行って一緒に住む。あなたがたが聞いている言葉はわたしのものではなく、わたしをお遣わしになった父のものである。

 

「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。」 

主イエスは毎日、街頭に出て人々に語った。神殿境内に行き人々に語った。毎日、人と出会う。人の心と接するのです。人と出会い、その人の話を聞く。一緒に苦しむ、一緒に泣く。力づける。励ます。神様の世界を示す。そして、典礼を行う。ついには、この世の支配者と対決するのです。この世の力に負けます。支配者に捕われます。苦難を見に背負います。苦しみのうちに命を奪われます。

わたしの命は何のためか。わたしの死は何のためであったか。どのような罪がわたしを死に至らしめたのか。それを思いめぐらしなさい。

そして、神様のみ心のうちに自分の思いを行いなさい。静かに行いなさい。行い続ける。 「この一連の出来事が、わたしがあなた方に与える平和である。」

 

平和―働きなさい。人のために祈り、人のために働かいなさい。苦しみを共に味わいなさい。与える。与え続けるのです。そして、共にいることを喜ぶ。ふと、共に青空を見るのです。 わたしは去って行く。また、あなたがたのところへ戻って来る。その出来事がわたひああなたがたに与える平和である。