使徒言行録2・1-11 Ⅰコリント12・3b-7,12-13 ヨハネ20・19-23
聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言えません。イエスの中に生きているわたしたち一人一人に聖霊が注がれているのです。今日、聖霊降臨の祝日を迎えました。聖霊のみ心、思い、憐み、愛を深く感じ、心に留めてゆきたいと思います。
五旬祭の日、一同は集まって祈っています。
五旬祭:エジプトから脱出した時、過越祭から50日目、ユダヤ人はシナイ山で十戒(律法)を授かりました。また、この時期はパレスチナの穀物や果物の収穫の時期と一致しています。50日に渡る大きなお祭りの最後の日です。
一同の静かな祈りの場に、突然、激しい風が吹いて来るような音が聞こえます。風が激しく家の中に注がれたのです。
風は聖霊のしるし。風は聖霊です。風はギリシャ語でプネウマ。聖霊もプネウマです。風も、聖霊もプネウマです。
炎のような舌が、分かれ分かれに現れました。:舌は言葉。言葉が炎のように現れました。聖霊の力が言葉となって現れたのです。言葉は聖霊の思い、心です。一人一人の上に聖霊がとどまりました。聖霊が一同を満たしたのです。一同は、一人一人は霊の力のままに語りだしました。五旬祭は大きな祭りです。あらゆる国の人々がエルサルに集まっている。この物音に大勢の信心深いユダヤ人たちは集まってきました。一同の話す、語る言葉を聞いたのです。驚いた。自分の故郷の言葉で話されているのです。めいめいが自分の生まれた故郷の言葉を聞いているのです。この言葉を聞いていると、懐かしい思い出が心と体を包みます。
熱心に祈られている祈りが心と体に響いてくるのです。子供なったのです。今生きていることを喜んでいるのです。
日曜日、弟子たちは家に集まり祈っています。ユダヤ人たちを恐れ、自分たちのいるこの家の戸に鍵をかけています。ふと、感じた。イエスが来られた。真ん中に立たれた。イエスは言われた。「あなたがたに平和があるように。」弟子たちはイエスを見て喜んだ。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから彼らに息を吹きかけた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でもあなたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたが赦さなければ、赦されないまま残る。」
聖霊は神様の息です。神様は人の鼻に命の息を吹き入れられた。人は生きる者となった。(創2・7) 聖霊は心を動かします。聖霊が言葉となった。聖霊が、言葉がその人の中に入った。言葉が聖霊の心、思いとなってその人の中に入ったのです。
聖霊来てください。わたしたちの心、思いに入ってください。